健康づくりはお口から

歯みがき習慣が根付いた今、口腔保健は新たな目標に向かって動きはじめています。口の中の健康維持が全身の健康維持につながることが分かってきたからです。口腔保健の今とこれからを考えます。

⑦口の中の歯周病菌は増殖のチャンスを狙っている

歯周病が進んだ歯ぐきでは、歯周病菌が増殖しやすい
歯周病が進んだ歯ぐきでは、歯周病菌が増殖しやすい

歯周病は汚れた口の中が好き

口は私たちの命を支える食べ物の入り口ですが、同時に、細菌の入り口でもあります。歯周病菌は健康な口の中にもすみついていて、活動するチャンスを狙っています。 
歯周病菌の好物は、血液中の鉄分とたんぱく質。口腔ケアを怠って歯周炎になり、歯ぐきから血が出ると、「待ってました」とばかり増殖を始めます。歯周炎に限らず、口内をきれいに保つ役目を果たしている唾液の分泌量が減る、免疫力が低下するなど、口の中の環境悪化は、歯周病菌の思うつぼ。
たとえば高齢者の場合、骨密度が減って歯を支える骨がやせていく傾向にあるところに、歯周病や唾液の減少が重なれば、歯を失うだけでなく、さまざまな病気を引き起こします。
妊娠中の女性もホルモンの関係で口の中の菌が増えやすく、歯肉炎、歯周炎になりやすい環境になります。それらが出産に影響するメカニズムはまだ十分に明らかにはなっていませんが、重症の歯周病の場合、早産)や低体重児の出産になる確率が高くなると報告されています。
こうしてみると、口内のお手入れは私たちが考えている以上に大切なのです。

がんの治療とも関わる口内のお手入れ

口内のお手入れが、実はがんの治療においても大切なことがわかっています。とくに抗がん剤治療中は副作用で免疫力が低下し、むし歯が痛みだしたり、歯周病が悪化したりします。そうした症状は患者さんを苦しめるだけでなく、口内の細菌による感染症を引き起こすなど、がんの治療そのものにマイナスをもたらすことにもなりかねません。ですから、がんの治療が始まる前に、むし歯や歯周病の有無をチェックしておく必要があるのです。
2012(平成24)年からは、「周術期口腔機能管理」という制度が始まっています。これは、がん治療や心臓手術などを行う患者さんをサポートするため、医科と歯科の連携を図る仕組みです。口腔からの感染を予防するとともに、がんなどの治療効果を向上させようとするもので、積極的な活用が期待されています。

⑧むし歯ゼロがゴールではない 子どもの「口と歯の健康」をどう守る?

「生きる力に重点を置いた『生きる力を育む学校での歯・口の健康づくり(改訂版)』 2011年文部科学省発行
「生きる力に重点を置いた『生きる力を育む学校での歯・口の健康づくり(改訂版)』 2011年文部科学省発行

12歳児のむし歯は1人平均0.9本

子どもの歯は、6歳前後に乳歯から永久歯へと生えかわりますが、こうした時期の歯と口の健康状態を示すモノサシとして、国際的にも共通指標のひとつとなっているのが12歳児の「DMFT」指数です。これは12歳児(日本では小学6年生)の1人平均のむし歯数(永久歯で、治療済みの歯を含む)を指します。
その数は、文部科学省の「学校保健統計調査」によれば、20年ほど前には1人平均4.6本でした。ところが、2015年度では全国平均が0.9本となり、4分の1以下にまで激減しています。その背景には、フッ素入り歯みがき剤の普及、親たちの歯みがきに対する関心の高まり、学校歯科保健の新たな指導などがありました。

「生きる力」を育む歯と口の健康教育

 1978(昭和53)年、文部省(当時)は『小学校 歯の保健指導の手引』を出しました。むし歯予防を推進するために、教育の中に保健指導を取り入れたのです。1992(平成4)年に改定された『小学校 歯の保健指導の手引(改訂版)』は、むし歯だけでなく、歯肉炎にも焦点を当てています。生活習慣を正して歯肉炎という生活習慣病を予防することが、自分を元気にすることにつながると、子どもたちに教えるようになりました。
こうした流れを引き継いで、今、学校歯科保健では、「子ども自身の生きる力をはぐくむ」ことを重視するようになっています。子どものむし歯が大幅に減った今、口腔保健教育は、「歯をみがきましょう」「歯肉炎をなくしましょう」だけの時代ではなくなりました。生活習慣を自分でコントロールし、コツコツ続けることが達成感や自尊心を育て、「生きる力」を育てる。口腔ケアはそのための機会ととらえられるようになりました。歯と口の健康づくりを学校だけに任せるのではなく、親もまた、そうした意識を持つことが求められているのです。