こうして歯みがきは身近になった

人々の口腔衛生意識を高め、歯みがきの習慣化を促すうえで大きな役割を果たしたのは企業が展開した宣伝、広報活動です。その活動は、強い使命感と企業文化に裏づけられたものでした。

⑦白い歯で流れ着いた美少年 歯の大切さを伝える童話「島の王子」

緑川宗作の童話をまとめた『愛歯童話集』
緑川宗作の童話をまとめた『愛歯童話集』

童話で歯の大切さを伝えた歯科医師

童話は子どもの心に強い印象を残します。その童話を使って、子どもたちに歯の大切さを伝えようとした歯科医師がいました。明治末、東京・小石川で歯科診療所を開いていた緑川宗作です。歯科診療だけでは飽き足らず、子どもの口腔保健活動に情熱を燃やしていた緑川は、小林商店(ライオンの前身)の2代目小林富治郎と意気投合。1912(大正元)年に小林商店に入社し、口腔保健に関する講演会の講師などを務めて大活躍しました。
文才もあった緑川は、1926(大正15)年、『口中の真珠』という月刊の童話雑誌を発行します。この雑誌はその後、『白い玉』と改題され、歯科医院にまとめて送られました。歯科医師が宣伝用に使う、学校の先生に配って子どもに見せる、講演の材料にするなど、さまざまな使われ方をしたようです。

島民に歯みがきを教えた「島の王子」

1931(昭和6)年、小林商店の口腔衛生部は『白い玉』に掲載した童話をまとめた『愛歯童話集』を刊行しました。この中には21編の童話が収められています。その一話、「島の王子」のあらすじをご紹介しましょう。
ある小さな島国に、白い舟が流れ着き、船底に色の白い可愛い少年が倒れていました。島の王様とお妃様はこの少年をたいそう気に入って、王子にしました。王子は、元気に育っていきました。
自然に恵まれ、人々は優しく、何不足ない幸福な島には、ただひとつ、悩みがありました。それは、島民たちの歯が悪かったこと。歯は黒く汚れて痛み、次第に腐って、欠けていきます。
でも、海の向こうからやってきた王子は、白い玉のような美しい歯を持っていました。歯を磨くことを知っていたからです。そこで王子は島民に、泉の水で歯を磨くことを教えました。
それから3年後、平和な島国は、敵に襲われますが、王子の指揮のもと、島民は一致団結して勝利を収めます。歯が健康になり、身体も強くなっていたからでした。

こうした物語は、子どもたちに強い印象を残したことでしょう。歯の大切さを伝えようとする緑川の思いが伝わってきます。

⑧むし歯の原因と予防をスクリーンで 天然色科学映画「文化と歯」

わが国最初の本格的天然色科学映画『文化と歯』のパンフレット
わが国最初の本格的天然色科学映画『文化と歯』のパンフレット

天然色科学映画で口腔衛生の大切さを伝える

口腔衛生の大切さを、よりわかりやすく、より効果的に伝える方法として、ライオンはかなり早い時期から映画の自主制作に取り組んでいました。
大正末期にはじめて『知恵と歯は』を自社制作。次いで『口腔衛生』という全8巻の大作を発表します。当時の説明書きには「わが国最初の口腔衛生科学映画」と記されています。
こうした歴史を背景に、戦後になると映画製作の取り組みは加速し、1952(昭和27)年以降、カラー映画を次々に発表します。フッ素のむし歯予防効果などをわかりやすく解説した『星は見ている』のような児童向けの映画もありますが、より科学的な映像の製作に挑戦し始めます。位相差顕微鏡や微速度撮影といった技術が、それを可能にしました。
第1作目の『文化と歯』は、わが国最初の本格的天然色科学映画でした。この作品では、「むし歯は文化が高まるにつれて増加する」ことをカラー映像を駆使して示しました。さらに、「どうしてむし歯になるのか」「むし歯になるとどうなるのか」「どうしたら防ぐことができるのか」などについて、わかりやすく解説しました。

絶賛された本格的な科学映画シリーズ

1966(昭和41)年には、『明日をめざして《フッ素と歯の健康》』を製作。実例や統計を示しながら、乳歯が生えそろう年齢にはすでにむし歯があること、年齢とともにその数が増えていることを説明しました。むし歯の恐ろしさを映像で科学的に伝えたこの映画は、社会教育科学映画として厚生省の推薦映画になりました。
1976(昭和51)年、ライオン歯磨(現ライオン)は、創業85周年を記念して『歯-ムシ歯の原因をさぐる』という本格的な学術映画を製作しました。顕微鏡微速度撮影や偏光顕微鏡、新たに開発した方法などを駆使し、どのようにむし歯ができるのかを学術的に解明しています。
『文化と歯』から始まった一連の学術映画は、口の中の世界を詳細に、リアルに映し出し、口腔衛生意識を高めるのに貢献しました。